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【第3回】「障がいのある人は、組織の“触媒(カタリスト)”になる」――能力主義の次の風景へ。

――新しい社会の実装に向けて

障がい者雇用の話になると、議論はだいたい二つに割れる。

ひとつは「コスト」の話。法定雇用率2.6%という義務、達成できなければ徴収される納付金、消化試合のように設けられる特例子会社。もうひとつは「美談」の話。社会貢献として障がいのある方を雇い、企業の評判が高まるという物語。

コストか、美談か。日本の障がい者雇用は、長くこの二項対立の中で語られてきた。

福岡で社会福祉士として就労支援の現場に立つ井手口誠さんは、この二項対立そのものを退ける。「障がいのある人は、組織の触媒になる」と井手口さんは言う。化学反応における触媒のように、その人がい続けることで、周囲の組織がじわりと変わっていく――そういう役割の話である。

これは、コストでも美談でもない、第三の風景だ。

対話の中で生まれた、ひとつの言葉

「触媒」という言葉が井手口さんの口から出たのは、5時間に及んだ取材の終盤のことでした。

障がい者雇用の話題から、AI時代に人間の仕事はどう変わるか、という話題に流れていく中で、ふと井手口さんがこう言ったのです。

「障がいのある人って、組織にとっての触媒になり得るんじゃないかと思っていて」

井手口さんは続けます。

「触媒って、自分自身は変化しないんだけど、周りの反応を促進するじゃないですか。組織の中に障がいのある人がい続けることで、周りが変わっていく。そういう存在になり得るんじゃないかな、って」

これまで井手口さんが考えてきた「障がい者雇用」の文脈は、企業の利益に貢献するか・しないか、という生産性の議論でした。多くの先進的な企業が、障がい者雇用を「コスト」から「戦力」へと位置づけ直そうとしている動きも知っています。

けれど、井手口さんが取材中に組み上げたのは、それとはまた別の絵でした。

「個人としての生産性ではなくて、その人が組織にいることで、周りの生産性や、ハッピーや、活性化が引き出される。そういう価値です」

対話の中でその場で立ち上がってきたこの構想が、井手口さんの今後の事業構想の核にもなりつつあります。

「居続けることで、周りが変わる」

触媒という比喩を、もう少し具体的に解きほぐしてみましょう。

井手口さんが繰り返し語ったのは、「居続けることで、周りが変わる」というフレーズです。

「これまでは、障がいのある人がそこにいることで、化学反応を起こす前に、周りが先に壊れちゃってたんですよ。負担になる、効率が落ちる、って言われて、結局その人がいられなくなる」

井手口さんが本当に作りたいのは、その人が「居続けられる」仕組みです。

「居続けることができる仕組みを作れたら、僕は周りが変われると思うんです」

井手口さんが思い浮かべているのは、たとえばこんな場面です。小学校の教室に、知的障がいのある同級生がいたとします。子どもたちは、大人のように排除しません。むしろ、当たり前のように手伝いに行く。喧嘩することもある。けれど、関わることそのものを止めようとはしない。

「子どもは、ちゃんとぶつかり合っているんですよ。でも大人は、避けるんです。避けるという行為そのものが、関係を壊している。それに気づいていない」

組織の中で障がいのある人と「ぶつかり合う」ためには、組織の側に余裕が必要です。時間的な余裕、人員的な余裕、そして何より、人を見るまなざしの余裕。井手口さんが第2回で語ったDXとAIの取り組みは、すべてこの余裕を生み出すための前提条件だと位置づけられています。

「余裕がない組織に、触媒は入れられないんですよ。余裕を作ることが、まず先なんです」

AI時代に、何が「人間にしかできない」か

井手口さんが触媒という発想に辿り着いた背景には、AI時代の労働観があります。

ホワイトカラーの定型業務は、これからAIに置き換えられていく――井手口さんはそう見ています。書類仕事、データ集計、定型的な分析。それらは人間がやるよりもAIがやるほうが速く、正確で、安い。これは福祉の現場でも同じです。

では、人間にしかできない仕事とは何か。

「人と人との関わりの中でしか得られない、一次情報みたいなもの。あとは、なんていうか、その場の空気を変えるような、人間臭い力」

ここに、触媒の発想が結びついてきます。

従来の労働観では、障がいのある人は「定型業務をどれだけこなせるか」で評価されてきました。だから生産性の議論になり、コストの話になっていた。けれどAIが定型業務を引き受ける時代には、そもそも「定型業務をこなす能力」の価値が下がっていきます。

「これからは、額に汗をかくとか、体を使った仕事とか、人間しかできない関わり方とか――そういうものの価値が、むしろ上がっていくと思うんですよ」

井手口さんは、海外で「ブルーカラー・ビリオネア」が生まれているという話を引きながら、価値の重心が移動しつつあることを指摘します。同じことが、組織内の人間の役割にも起きる――井手口さんはそう見ています。

均質な労働力としての「人材」が値下がりする一方で、組織にハッとした気づきをもたらす「触媒」の価値は上がっていく。井手口さんの構想は、AI時代の労働観の転換と、ぴたりと噛み合っています。

優しい組織は、結果として伸びる

触媒構想は、慈善や倫理の話ではありません。井手口さんは、これを企業経営の話として語ります。

「触媒のいる組織は、結果として伸びると思うんですよ」

井手口さん自身、人材業界で長くキャリアを積んできた人物の言葉を引きながら、こう言います。「投資する価値のある会社って、エゴで動いていないんですよ。利他的なんです」

売上を最優先に掲げず、「誰かのために何かをして、その結果として対価が返ってくる」という発想で動いている組織。社員に対しても「この会社で成長すること」だけでなく「外に出ても通用する人材になる」ことを意識して育てている組織。井手口さんが見てきた中で「伸びる組織」には、こうした共通項があったと言います。

「人としての権利を守る、という意識が、組織の中に芽生えていったら――その組織は絶対伸びるんですよ」

ここで再び、グローバル定義の中核にある「人権」というキーワードが戻ってきます。第1回で語られた「日本人は人権をインストールされていない」という問題意識は、第3回では企業組織の話に接続されます。

障がいのある人が触媒として組織に入ることで、組織の中に「人権」という意識が芽生え始める。それは多様性研修や社内ポスターでは生まれない、もっと根源的な変化です。

「あの人と、どう一緒に働くか――それを考えざるを得なくなった時に、組織は初めて『人を見る』ようになる。そこから組織が変わるんです」

カタリスト――福祉技術を、中小企業へ

井手口さんが構想しているのは、この触媒構想を「事業」として立ち上げることです。

具体的にはこういう設計です。中小企業に対して、障がいのある方の雇用を支援するサービスを提供する。ただし、それは従来型の人材紹介ではなく、雇用する企業側の組織風土や業務設計まで含めて伴走する。福祉の専門家(ソーシャルワーカー)が、企業の中に入って、障がいのある人と組織の「化学反応」が起きる土壌を整える――そういうサービスです。

「人材派遣じゃなくて、人材育成と定着まで含めた仕事ですね。最初のところだけ、ソーシャルワークの専門家がきちんと入っていって、企業のやっていることと、その人の特性を、うまく折り合いつけていく」

井手口さんの中では、これは第2回で語った「補助金に頼らないビジネスモデル」の具体化でもあります。福祉の技術を、中小企業向けの正規のサービスとして売る。対価をきちんと得て、持続可能に回していく。これによって、ソーシャルワークの技術は「弱者ビジネス」から、もっと広い社会の経済活動の中に組み込まれていきます。

「中小企業さんとかにとって、面白いきっかけになるはずなんですよ。新しい発想が生まれるとか、組織が一段強くなるとか」

若い世代を、担い手として迎える

もうひとつ、井手口さんが力を込めて語るのが、若い世代の参加です。

「この事業は、僕みたいなおじさんがやると、どうしても『胡散臭く』なってしまうんですよ」

少し笑いながら、井手口さんはそう言います。

「学生か、社会人2、3年目くらいの、まだキラキラしてる時期の若い人にやってほしい。社会に対して『何かいいことがしたい』って思っている人が、自分のスキルとして触媒の仕事を覚えていく――そういう設計のほうが、絶対うまく回ります」

井手口さん自身は、その若い担い手たちの「カバン持ち」だった経験から、相談相手・伴走者の役回りに徹したい、と言います。20代の頃、市民活動の世界に飛び込み、師匠の隣で多くを学んだ井手口さんが、今度は次の世代にそれを返していく――そういう循環です。

「僕がカバン持ちをしてきた経験を、AIの力も借りながら、若い人たちに渡していきたい」

第2回で触れた「ソーシャルワークのデータベース化」「実践知の共有財産化」という構想は、ここで人材育成の文脈と接続します。ベテランの暗黙知を、若い担い手が利用できる形に変換する。井手口さんは、これを思想の話ではなく、具体的な仕組みづくりの話として語ります。

ソーシャルワークを、社会に実装する

3回にわたる連載を、井手口さん自身の言葉で締めくくれば、こうなるでしょう。

「ソーシャルワークを、社会の中にきちんと実装したいんですよ」

世界標準の「グローバル定義」に書かれているソーシャルワークは、社会変革・社会開発・社会的結束・エンパワメントと解放を含む、広大な射程の専門職であり学問でした。

ところが日本では、それが「制度に基づくサービスの相談員」へと矮小化され、補助金で回るビジネスへと固定されてきた。井手口さんが「消費される福祉」と呼んだのは、この矮小化の風景です(第1回)。

矮小化を解除する手段として、井手口さんはAIとDXを使って現場に余裕を作り、ソーシャルワークを健常者にも届くサービスへと拡張しようとしています(第2回)。そして、その拡張の先に「触媒」という新しい役割概念を据え、組織と社会のあり方そのものを変えに行こうとしている(第3回)。

ひとつひとつは別々の話に見えるかもしれません。けれど、井手口さんの中では、これらはすべて一本の線でつながっています。

「ソーシャルワークの土台にあるのは、人と環境の相互作用なんですよ。人が、人だけじゃなくて、人と環境の中で生きている――その全体に働きかけるのが、ソーシャルワークなんです」

人と環境の相互作用。それは、AIと利用者と相談員が三人で囲むテーブルにも、障がいのある人を中心に変わっていく組織にも、補助金に頼らない事業の設計図にも、すべて貫かれている視点です。

最後に、ひとつのフレーズ

取材中、井手口さんが何度も口にした言葉があります。

「みんながハッピーになる仕組みを作りたい」

素朴に聞こえるかもしれません。けれど、井手口さんがこの言葉に込めているのは、「弱者を救う」という一方向の善意ではなく、利用者も、支援者も、企業も、地域も、それぞれの立ち位置から少しずつ豊かになっていく――そういう全方位的な構想です。

ソーシャルワークのグローバル定義の中核に「人々のエンパワメントと解放を促進する」という一節があります。井手口さんが描いている風景は、この「人々」の範囲を、これまでの日本の福祉が想定してきたよりも、ずっと広くとろうとしているように見えます。

障がいのある人も、ない人も。福祉の現場にいる人も、いない人も。元気な人も、いまは元気でない人も。

みんなが、もう少しハッピーになる仕組みを、福祉の技術を使って設計し直したい――。

井手口誠さんの挑戦は、ソーシャルワーカーひとりの仕事の話ではない。日本社会が長らく見ないふりをしてきた空白を埋めに行く、もっと大きな試みである。

第4回、最終回へ続く