――武器としてのテクノロジーと経営
善意だけでは、人は救えない。
これは、福祉の現場に長く立ち会ってきた者であれば、誰もが一度は突き当たる壁である。優しさも、覚悟も、想いも、現場には溢れている。それでも人は疲弊し、辞めていく。利用者に向き合う時間より、書類を書いている時間のほうが長い。あればいい書類が、あればいい支援を生んでしまう。
福岡の就労継続支援B型事業所で生活相談員を務める社会福祉士・井手口誠さんは、この壁にテクノロジーと経営の言葉で挑もうとしている。AI、DX、ビジネスモデル――福祉の文脈ではどこか馴染みの薄いこれらの言葉が、井手口さんの口からは自然に飛び出してくる。
「AIは、思考の義足なんですよ」
井手口さんと話していて、もっとも印象に残ったフレーズのひとつがこれでした。
歩く力を失った人が、再び歩けるようになるための器具。井手口さんはAIをそう位置づけています。
「メンタルが落ちている時って、思考力も一緒に落ちるんです。情報を集めるのも、判断するのも、決めるのも、全部しんどくなる。そこをAIが助けてくれるんです」
ソーシャルワークには「意思決定支援」と呼ばれる技法があります。認知症の方や障害のある方が、自分の意思を表明し、選び、決めていくプロセス全体に伴走する支援です。意思決定とは、決断という一点ではなく、情報を取る・価値判断をする・選ぶ、という連続したプロセス――これが意思決定支援の前提です。
井手口さんの目から見ると、このプロセスのほぼ全段階で、AIは強力な伴走者になり得ると言います。
「最初のインプットさえちゃんとできれば、その後の整理や比較は、合理的に進むんですよ」
人と会うのがしんどい。そういう日でも、スマートフォン一台あればAIには相談できる。ハードルの低さも、井手口さんがAIを評価する理由のひとつです。
ときには「AIと3人で相談する」こともある。
たとえば相談業務の一環として、AIを実践的に使うケース。利用者と井手口さんが向かい合う。テーブルにはもう一つ、画面が置いてある。利用者は、自分の悩みや疑問を、井手口さんではなく、まずAIに投げかける。
「これってどうなんですか、ってAIに質問するんですよ。僕に質問するんじゃなくて」
AIが回答を返す。井手口さんはそれを横で聞きながら、専門家として判断します。「あ、これは合ってますね」「ここは少し違いますね」「これはAIの嘘だから、信じすぎないでください」――。
「彼らが安心してAIと対話できる環境を作るのが、僕の役割なんです。AIが言うことのうち、どれが正しくて、どれが嘘か――それを学べる場にしたい。だって、僕がいつまでも横にいるわけじゃないですから」
もちろん、毎回の相談業務に用いるわけではない。場合により、使い分ける。
人生は長い。井手口さんが利用者と関われるのは、その長い時間のごく一部にすぎない。だとすれば、自分が答えを与え続けるよりも、利用者自身が情報を取り、検討し、決めていく作法を身につけてもらったほうが、よほど価値がある――そういう設計を模索する。
「セルフカウンセリングのやり方を学んでもらう感じですね。それと、AIの答えに対する『当たり外れの勘』を磨いていく」
意思決定支援とAIの組み合わせについて、これほど具体的に語る現場の声はそう多くありません。バズワードとしての「福祉×AI」ではなく、地に足のついた技法として組み込まれたAIの姿が、ここにあります。

「あればいい書類」が現場を食い尽くす
意思決定支援におけるAIの活用と並んで、井手口さんが取り組んでいるのが、事業所内の業務DXです。
「福祉の現場って、本当に書類仕事が多すぎるんですよ。これ、いるのかな、っていうぐらい」
制度に基づいた支援を提供する事業所には、補助金を受け取るために提出すべき書類が大量に存在します。チェックリスト、支援記録、計画書、報告書――。本来は支援の質を担保するために設計された記録が、いつの間にか「あればいい書類」に変質していく、と井手口さんは言います。
「あればいい書類が、どんどん増えていくんですよ。利用者さんと向き合う時間がどんどん削られて、記録を書くために働いているような状態になる」
補助金は書類で支払われます。書類さえ揃っていれば、支援の中身が薄くても事業所は回る。逆に、書類が揃わなければ、いくら支援が手厚くても評価されない。この構造そのものが、現場を「あればいい書類」へと押し流していきます。
井手口さんが事業所のDX推進担当として手を入れているのは、まさにこの部分です。
「あればいい書類は、本当に『あればいい』ものとして自動化してしまう。そうじゃないもの――利用者さんと向き合う中で得た一次情報を、ちゃんと記録として残せる仕組みに変えていきたいんです」
音声入力、AIによる要約、定型書類の自動生成。要素ごとに見ればどれもありふれた技術ですが、それらを福祉の業務フローに合わせて統合していくと、書類業務の時間は劇的に圧縮されると言います。
「事務作業に当てている時間が、3分の1から4分の1にはなる。たぶん、もっと減らせます」
時間が生まれる。そこで初めて、現場には「学ぶ余裕」が生まれます。後輩に教える時間が生まれる。新しい技法を試す余裕が生まれる。利用者と、もう一杯お茶を飲む時間が生まれる。井手口さんがDXに取り組む理由は、効率化そのものではなく、その先に作りたい「余白」のためです。

ソーシャルアクションは、技法のひとつである
ここで井手口さんは、ソーシャルワークの「グローバル定義」に書かれた、もうひとつの言葉を持ち出します。社会変革――。
「ソーシャルワークの中に、ソーシャルアクションっていう技法があるんですよ。社会を変える、ということ自体が、ちゃんと支援の技法のひとつとして定義されているんです」
社会を変えることが、福祉の本業に含まれる。これは、日本のソーシャルワーカーの多くが意識せずに働いている領域だ、と井手口さんは指摘します。現場で目の前の利用者を支援する。それは大切な仕事ですが、それだけがソーシャルワークではない。制度が歪んでいるのなら制度を変えに行く、社会の認識が歪んでいるなら認識を変えに行く――これもまた、ソーシャルワークの一部だというのです。
「個人を支援していると、どうしても組織の中のことしか見えなくなるんですよ。書類を書くことに精一杯で、社会のことなんて考える余裕もない。でも本当は、その状態こそが社会変革の対象なんです」
ソーシャルアクションを発動するには、現場に余裕がいる。余裕を作るにはDXがいる。ここで井手口さんの取り組みは、ぐるりと一周してつながります。
DXは目的ではない。社会変革を発動するための、必要条件にすぎない。井手口さんは何度もこう言います。
「DXが必要十分条件だとは思っていません。必要条件です。これがないと、何も入らない。学びも、議論も、社会変革も、全部入らないんです」
「補助金に頼るビジネスは、もう終わりにしたい」
井手口さんがもうひとつ強く語るのが、福祉のビジネスモデルそのものへの問題意識です。
「補助金に頼るビジネスは、もう終わりにしたいんですよ」
これは、補助金そのものへの否定ではありません。補助金で立ち上げ、補助金で回し続け、補助金が来なくなったら立ち行かなくなる――そういう構造への違和感です。
「最初の立ち上げに補助金が入るのは、別にいい。問題は、その後10年計画を立てる時に、ずっと補助金ありきの計画しか描けないこと。それじゃ絶対、10年後に失敗してしまう」
補助金は、福祉の対象を「弱者」に固定します。補助金の名目はだいたい「困っている人を助けるため」と書かれているからです。すると、福祉の事業は構造的に「弱者ビジネス」になる。
井手口さんの提案は、ここから先です。
「ソーシャルワークの技術って、本来はもっと広く使えるんですよ。障害のある方や高齢の方だけじゃなくて、健常者と呼ばれる人たちにとっても、自分の人生をよりよく生きるための技術として有用なんです」
意思決定支援、対話のファシリテーション、人と環境の相互作用を読み解くアセスメント、エンパワメントを促す関わり方――。これらは、誰にとっても、人生のどこかで役立つ技術です。
「だから、ちゃんと売り物にして、対価を得て提供できるサービスにしたい。それが本当のゴールだと思っています」
ソーシャルワークを、福祉の技術を、「誰もが使えるサービス」にアップデートする。井手口さんの構想は、福祉業界の内輪話に閉じない、もっと大きな射程を持っています。

善意を、システムに変える
善意だけでは、人は救えない。
だからといって、善意を否定するわけではありません。井手口さんが現場で出会ってきた福祉職の人たちは、本当に優しくて、本当に真面目な人ばかりだったと言います。問題は、その優しさが、消費されてしまっていることです。
「優しさは、システムにしないとダメなんですよ」
ベテランのソーシャルワーカーが20年かけて積み上げた支援の知恵が、退職と同時に消えていく。優秀な相談員が一人で抱え込んだノウハウが、組織に共有されないまま埋もれていく。これらはすべて、善意がシステム化されていないがゆえに起きる損失です。
AIによる業務自動化は、書類仕事を減らすためだけの取り組みではありません。言語化されないまま消えていく現場の知を、データとして残し、共有し、次の世代に渡していくための、長い射程を持った仕事です。
「実践の暗黙知を、組織の共有財産にしたいんですよ。AIを使えば、それができるんです」
井手口さんが思い描いているのは、福祉現場の単なる効率化ではありません。優しさを、属人的な才能から、誰もが使えるインフラへとアップデートする――そういう仕事です。
テクノロジーは、「人間臭さ」のためにある
ここまで読むと、井手口さんがテクノロジー礼賛の人物に見えるかもしれません。けれど、井手口さんの主張はその逆です。
「AIにできないことを、人間がやればいいんですよ。書類なんて、AIのほうが絶対上手なんだから、もう全部任せてしまえばいい。その代わり、利用者さんと向き合う中で生まれた、一次情報の関わり方――そこは人間にしかできない」
ある医療現場で、視野検査をメタバース機器で代替する試みがあったといいます。それまで対面で何十分もかけていた検査が、機器を装着すれば数分で終わる。検査時間は短縮された。では、その分余った時間は何に使われたのか。
「患者さんに向き合う時間が、増えたらしいんですよ」
これだ、と井手口さんは言います。テクノロジーは、人間から仕事を奪うのではなく、人間が本来やるべき仕事に戻すための装置である。井手口さんが事業所のDXを進める動機は、ずっとこの一点に向いています。
「現場は、本当に一生懸命やっているんです。疲弊するほど真面目に。だからこそ、その時間と労力を、もっと意味のあるところに使えるようにしたい。AIに任せられるものは任せて、人間にしかできないことに、もっと時間を使ってほしいんです」
つながる、第3回へ
AIで時間を作り、ビジネスとして回るソーシャルワークを設計する。井手口さんの構想は、現場の業務改善から始まり、業界の構造改革にまで射程を伸ばしています。
そして井手口さんは、もう一歩先にも踏み込もうとしている。「障害のある人は、組織にとっての触媒になり得る」という、新しい役割概念です。これは障害者雇用を「コスト」と「美談」の二項対立から救出し、組織のあり方そのものを変える発想です。
第3回では、井手口さんがインタビューの最終盤で語った「触媒(カタリスト)」という構想と、若い世代を巻き込んだ未来への動きを掘り下げます。
(第3回に続く)
