学び・キャリア

「家賃ゼロだからこそ、人生の選択肢が広がる」。無料シェアハウスが拓いた”自由人”という第3の道──月4万円・週5日休みの新常識

森の中で両手を広げる、無料シェアハウスの仕組みをつくった堀口尚志さん

生活費の中で、いちばん重くのしかかる家賃。もし家賃がゼロになれば、働き方も、生き方も、選択肢は大きく広がります。それを形にしたのが「無料シェアハウス」です。家賃無料で住める家を地方に広げ、X(旧Twitter)では「月4万円で週5日休み」という新常識を発信し続けてきたのが、アカウント「10軒の家賃無料シェアハウスやってます」の中の人、堀口尚志さん(49)です。フォロワーは約1.2万人。会社員でも、ただの無職でもない「自由人」という生き方とは何か。無料シェアハウスの仕組みと、そこで生まれる暮らし、そして堀口さんが広めたい思想について伺いました。

無料シェアハウスとは?──家賃無料、生活費は月2万〜3万円

無料シェアハウスとは、その名のとおり、家賃を払わずに住めるシェアハウスです。住人が負担するのは、光熱費や食費、Wi-Fi代といった実費だけ。切り詰めれば月2万〜3万円で暮らすことができ、実際に月2万円で生活していた住人もいたといいます。

「10万円ほど持っていけば、3か月は暮らせます。その間に新しい仕事を探してもいいし、好きなことに打ち込んでもいい」。入居を希望する人は、その家で一緒に暮らす管理人との面談を経て入居します。

住人に課される義務はありません。「住んでいる人に、こうしてほしいということは何もないんです。やりたいことが見つかったら出ていけばいいし、またお金がなくなったら戻ってくればいい」。人生をいったん立て直すための時間と場所を、家賃という負担なしに手に入れられる。それが無料シェアハウスの最大の価値です。

無料シェアハウスの元祖として知られるのが、和歌山県の山あいにある「共生舎」です。堀口さんたちが手がけた無料シェアハウスは、三重、和歌山、兵庫などへ広がり、その数は10軒を超えました。アカウント名の「10軒」は、その歩みを表しています。

無料シェアハウスで手に入る、自由人の楽しい毎日

では、家賃から解放されると、どんな暮らしが待っているのでしょうか。それは時間に追われない、豊かな地方の日常です。

田舎の庭でリクライニングチェアに座り、マグカップを手にくつろぐ堀口尚志さん
時間に追われない毎日。お気に入りのチェアで、ひと息つく堀口さん

畑で野菜を育て、海辺で釣り糸を垂らす。「小魚であれば、ソーセージの切れ端を餌にしても釣れる」といいます。釣った魚を近所のおばあちゃんにおすそ分けすると、野菜になって返ってくる。道端には1個100円の野菜の無人販売所もある。こうした暮らしなら、食費は月1万円ほどで済みます。「やりようは、いくらでもあるんです。会社で働いている人にはできないやり方ですが、自由人には時間だけはありますから」。

人とのつながりも、自由人の暮らしを彩ります。ある無料シェアハウスでは、浜辺の小屋で開かれる地元の漁師さんたちの飲み会に、住人たちが顔を出すようになりました。都会では出会うことのない人たちと、同じ時間を過ごす。堀口さん自身も、漁師さんたちとの交流を続けています。

堀口さんの過ごし方も、自由人ならではのものです。三重県にある友人のもとに、1日500円を払って泊まらせてもらい、2週間ほど滞在します。昼は一緒に釣りをして、夜は釣った魚を囲んで食事をし、語り合う。アオリイカを狙って、海沿いを巡ることもあります。2週間たっぷり遊んで大阪へ戻り、また週に1日だけ働く。会社員であれば、2週間休んで釣りに出かけることはまずできません。無職であっても、旅費や宿泊費を考えれば難しいでしょう。「でも、地方に家さえあれば、それができてしまうんです」。

山あいの道で釣り竿を構える堀口尚志さん
釣りは、堀口さんの暮らしに欠かせない楽しみのひとつ

そして、堀口さんが何より大切にしているのが「人」です。「結局は人なんです。誰もいない場所に行っても、それほど楽しくはありません。そこに人がいるから楽しい。無料シェアハウスの住人を見ていると、みんな本当に楽しそうなんですよ」。

始まりは、大きな志ではなかった

実は、無料シェアハウスの始まりは壮大な計画ではなかったそうです。

2020年ごろ、釣りのために九州へ向かう途中、岡山のシェアハウスに1泊したときのこと。偶然居合わせた大家さんが「使っていない家があるので、シェアハウスをやってみたい」と話していました。堀口さんは「それなら手伝いますよ」と応じ、一緒に家を片付けました。最初は数人が集まって過ごすだけの、遊び場のような家だったといいます。

転機は、最初の住人がやって来たことでした。手持ちのお金が少なく、「その方から月に1万、2万円をいただいても仕方がありません。もらってしまうと、むしろお客さんとして扱わなければならなくなる。それよりも管理人として住んでもらえば、私たちも訪ねやすいし、家に人がいるだけで楽しくなるんです」。家賃を取らないという判断は、理想から生まれたものではなく、目の前の状況から導き出した、ごく自然な答えでした。

その最初の住人は、ここで暮らしを立て直し、やがて仕事を見つけて巣立っていきました。のちに、今度は自分が支える番だと、シェアハウスにお米を送ってきたそうです。家賃という重荷を取り除くだけで、人はもう一度歩き出す力を取り戻せる。小さな始まりは、その手応えとともに、少しずつ大きな意味を帯びていきました。

続けるうちに形になった、「自由人」という思想。好きなことに打ち込めるガレージ起業。

「私が本当にやりたいのは、思想を広めることなんです。無料シェアハウスは、その一部であり、いちばん分かりやすい実験の場です」。

堀口さんが問い直すのは、今の社会が差し出す選択肢の少なさです。「今は、会社で働き続けるか、無職になるか。その2択しかありません。私はその間に、人生を楽しむことを軸にした『自由人』という道を置きたい。それを当たり前の選択肢にしたいんです」。大学を卒業してそのまま就職し、辞めれば周囲から責められる。結婚すれば、いよいよ辞められなくなる。「それなら、人は人生のいつ挑戦すればいいのでしょうか」。

その問いへの答えが、家賃をゼロにすることでした。住まいの費用がなくなれば、生活費は月4万円ほどまで抑えられます。それなら週2日のアルバイトでまかなえ、残る週5日はまるごと自分の時間になる。Xで発信している「月4万円で週5日休み」という新常識は、この計算に裏打ちされています。堀口さんは、アルバイトをしながらも自らを「無職」と名乗ります。「フルタイムで働いていなければ、無職と呼んでいい。その言葉がいちばん伝わりやすいんです」。

家の庭で薪ストーブの煙突の横に立ち、やかんを掲げる堀口尚志さん
薪ストーブの煙突の横で、やかんを手に

自由な時間があれば、人生は自分で設計できる。堀口さんがよく例に挙げるのが、ガレージで創業した起業家たちです。ガレージに住んで固定費をゼロにし、浮いた時間をすべて開発に注ぎ込んだ。無料シェアハウスは、その現代版になり得ます。挑戦に必要なのは、まとまった資金よりも、まず時間なのです。

根底にあるのは、「世の中はお金と仕組みで動いている」という考え方です。仕組みを変えれば、誰でも同じように自由になれる。だからこそ堀口さんは、働くことそのものを否定しません。「働くことは素晴らしいと思っています。家族を養うのであれば、会社員として働く意味はもちろんあります。結局は、選択肢の問題なんです」。

フォロワー約1.2万人を育てた、発信と仕組みづくり

無料シェアハウスが10軒を超えるまで広がった背景には、堀口さんによる仕組みづくりがありました。当初、新しい住人と出会う場となっていたのは、共生舎の周辺に集まるオンラインのコミュニティでした。その場がなくなると、堀口さんは自らXと公式LINEを立ち上げ、募集の流れを一からつくり上げます。

Xで毎日発信して関心を集め、公式LINEで入居の相談を受け、Discordで住人や希望者が交流する。入居者は現地の管理人が自ら面談して選ぶため、運営側が細かく手をかけなくても回り続けます。Xのフォロワーは約1.2万人、公式LINEの登録者は約3000人に上りました。

発信の方法は、驚くほど地道です。本で学んだ考え方を無料シェアハウスの話に置き換えて毎日投稿し、反応のよかったものをさらに磨いていく。「マーケティングとは、人が何に反応するのかを突き詰める作業です。やること自体は単純ですが、続けられる人は多くありません」。Discordには、これから会社を辞めたいと考える人の相談や、少ない生活費で暮らす知恵が集まります。堀口さんはその役割を、「会社を辞めることの、トータルプロデュース」と表現します。

▶ 堀口尚志さんのX:10軒の家賃無料シェアハウスやってます(@B9fXg0y8cyhGrHk)

「中の人」は、元プログラマーの元機械設計士

この思想と仕組みを生み出した堀口さんは、エンジニアとして歩んできた人です。20代はC++のプログラマーとして働き、27歳で友人と起業。その経験から、「商品を売る力と、利益が出る仕組みをつくる力は、まったく別のもの」だと学びました。30歳からは機械設計の道へ進み、図面集を30枚書き写すという独自の方法で技術を身につけて、10年近く設計者として働きます。のちに妻も同じ方法で図面を学び、1か月で就職を果たしました。正しい方法をなぞれば、誰でも同じ結果にたどり着ける。この再現性への信頼が、今の発信にも通じています。

転機は40歳を目前にした頃でした。実家を受け継いで家賃がゼロになり、月15万円ほどだった生活費が8万円ほどに下がったのです。「会社に通わなければ、生活費はもっと下がる。それなら働かなくても暮らしていけるのではないか」。機械設計の腕があれば、いつでも仕事に戻ることができる。退路を確かめたうえで、41歳で会社を辞めました。家賃がなくなるだけで、人生の選択肢は一気に広がる。無料シェアハウスの思想の原点は、堀口さん自身の体験にあったのです。

これから──誰もが再現できる「自由人」の教科書を

堀口さんがいま取り組んでいるのが、無職として暮らすための知恵を一冊の本にまとめることです。「働かない生き方を紹介する本は数多くありますが、具体的な数字まで書かれたものは多くありません。それでは、読んでも再現できないんです」。知りたいのは、自由な時間が何時間あり、どれだけ働き、年収はいくらで、生活費はいくらなのか。そうした数字をすべて示し、読んだ人がそのまま実践できる本にしたいと考えています。毎日書き続けてきたノートは、もう何冊になったか分からないほど。会社を辞めてから考え抜いてきたことが、そこに積み重なっています。

もうひとつの構想が、地方の家を1日500円で使える仕組みです。原点は、南伊勢の友人宅での体験にあります。2週間滞在して支払ったのは8000円ほど。それでも友人にとってはちょっとした収入になり、堀口さんは心ゆくまで釣りを楽しめて、何より一緒に過ごす時間が楽しい。「地方に家を持つ人と友達になるだけで、こんな暮らしができる。これも仕組みのおかげなんです」。

この仕組みを広げれば、空き家に人が住み、訪ねてくる人を迎えることで、住人にも少しの収入が生まれます。訪ねる人は安く滞在でき、地方には人の行き来が生まれる。全国で増え続ける空き家を生かす道にもなり得るでしょう。いずれは自ら家を手に入れて無料シェアハウスにし、一軒家を誰かが管理して、みんなが気軽に訪ねられる拠点にする。そんな構想も温めています。「面白い仕組みを、どんどんつくっていきたいんです」。

森の中で両手を広げ、空を見上げる堀口尚志さん

会社員か、無職か。その2択の間に、堀口さんは「自由人」という道を示し続けています。最後に、今の暮らしについて尋ねると、穏やかにこう語ってくれました。「生活の不安がなくなって、時間があって、さて何をしようか。そう考えられる毎日は、本当に楽しいですよ」。

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